スケルトン・インフィル(3)

スケルトン・インフィルの思想のとっても大切なところは、スケルトンの設計者と、インフィルの設計者を別々に考えているという所である。

もしもスケルトンが100年の寿命を持っているとすると、100年間にスケルトンの設計者は1人必要である。一方、インフィルの設計者は、居住者が入れ替わる度に必要となるから、1世代25年として、4人必要となる。

つまり、最初の建設時に、スケルトンの設計者とインフィルの設計者が一致していたとしても、25年経って、同じ設計者が対応してくれる可能性は極めて低く、まして、50年後は殆ど不可能、75年後は全く考えることもできない。

建築は人間に比べ段違いに長命であり、したがって、建築の設計者は、次の世代、次の次の世代に引き継いでいくことを常に考えて設計をしなければいけない。

しかし、マンションの黎明期、つまり1960年代の後半から1970年にかけての時代、とてもそこまでの長寿命を想定して設計はしていなかった。まず、水道に赤水が出て大騒ぎになり、そして、耐震設計法が確立した1981年以降は、耐震上危険な建物として注意を受けるようになってしまった。

部屋の間取りも画一的で、どんな家族にも同じプランが充てられ、居住者は工夫をして、あるいは我慢して住むことが当たり前のように言われた。

25年周期説に倣うならば、もうすでに2回目の大改修期を迎えている頃であるが、竣工当時のまま、住み続けられているマンションが少なくない。

我々が取り組んでいる、スケルトン・インフィルの思想は、決して特殊な考え方ではなく、このような現実に対処するための当たり前の思想ということができる。

この意味で、住戸のリフォームが、元の設計者・施工者の手を離れて、新たな居住者とリフォーム業者とが全く新しい発想で取り組む事例が増えてきたことは、大変喜ばしいことだと思っている。

従来、マンションの改修は、インテリア・リフォームと呼ばれるように、設備機器を取り換えて、壁紙を変えて、新しいカーテンを付けて、部屋の雰囲気を一新する!というイメージでとらえられてきた。

スケルトン・インフィルの発想法で行くならば、25年ごとに行われるべきインフィルの更新(全取り換え)ととらえるべきものであって、もっと深い所からとらえていかなければいけないものである。

インテリアという部屋の内側の表面性能ではなく、下地のボード、下地のフレーム、それの躯体への止め方にまで深く突っ込んで行って、これからの住いを長い目で考えていかなければならない重要な節目なのである。

従って、エネルギーの昨今の状況への対処などという、重大な課題に対しても、何とか自衛手段を講じなければいけないチャンスなのである。

設備機器の交換も重要だけれど、それが繋がれている設備配管網は大丈夫なのか、交換するとするならば、今が絶好のチャンスで、今やらなければ、今後25年間の何処かの時期で、大変なことが起こることを覚悟しなければならない。

スケルトン・インフィルの思想では、インフィルの更新だけを主張しているのではなく、スケルトンの維持管理のことも同時に考えなければいけないことを述べている。

耐震法規は地震被害のデータが蓄積されていくにつれ、どんどん高度化していっているために、新築時には安全だと思われていたものが、時が経つにつれて、危険と認定されることがある。

スケルトンについては個別の居住者だけでは対処できずに、そのマンションの管理組合が一致団結して取り組まなければいけない。

マンションは一種の運命共同体であり、同じ船に乗って航海している仲間なのである。コミュニティというと、隣近所の間に親密なお付き合いがあるかどうか、という日常レベルの交流密度を指す場合が多いが、既に同じ船に乗っているのだという事実は、すでにそこがコミュニティの場なのだと引き受けなければならないことを意味している。

マンションは鍵一つで自分だけの世界に閉じこもることができ、隣近所の付き合いの煩わしさが無いと思い込んでいる人が多いが、実はコミュニティのはたらきに大変大きな期待がかかっていることを忘れてはならない。助け合って乗り越えていかなければならないことが沢山待ち構えているのである。